マスクをまだ着用する理由

マスク着用の概況

日本では、屋内はもちろんのこと、屋外でもマスクを着用している人を見かけることが多い。 屋内(お店とか)では10割、屋外では7割位の人は着用している印象を受ける。欧米諸国と比較するとかなり着用者数は多いはずだ。 マスク着用に強い抵抗を覚える人がいる一方で、大抵の日本人にとっては、マスクを着用することに抵抗はない。

マスク着用に抵抗がある理由

マスク着用に反対する声が大きい国は、欧米諸国に多い傾向がある。恐らく、歴史的な背景が関係している。 自由と抑圧に対する戦いがあったかどうかだ。どの国がということは細かくはわからないが、欧米諸国ではその戦いがあり、服がその象徴になっていた。

例えば、女性が自由を獲得する過程は、女性が抑圧の象徴である服を取り払う過程と同じだった。 欧米で、肌を露出する女性が多い理由には、自由のアピール(の結果)が含まれている。 服を脱ぐこと=自由を得ることという図式があり、自由を獲得して来たという自負や誇り(の結果)がある。 そのため、“服を着なければいけない"とか、自分たちを覆うものに対しては、強い反発や抵抗がある。

他方で、服を脱ぐ=自由を得るという図式は欧米諸国に多いだけで、東洋にはあまり馴染みがない。 例えば、1989年にフランスの中学校で、スカーフ事件が発生した背景にも、そうした理由がある。

概要: 女子生徒が、イスラムのスカーフを着用した状態で、中学校に登校した。勧告に従わずスカーフ着用したため退学処分になった。女性抑圧やライシテ等の理由で、国全体で論争が巻き起こった。

当の着用者の話は対して聞かず、議論が議論を生むことになった。実際には、幼い頃から身につけてきたものだから、取るの恥ずかしい、てへぺろ☆(・ω<)、みたいなことなのだろうが、フランスではそうは解釈されなかった。 服が抑圧の象徴であるために、スカーフを着用する習慣のないフランスでは、女性が抑圧されている!と捉えられた。

コロナ過では、公衆衛生を理由に、国が人々をコントロール・抑圧することになった。マスクはそうした中で、抑圧の象徴として機能し、マスクをつけないこと=自由であることを意味するという図式が強化されたのだと思う。 欧米諸国は常に、何らかの形で、自由を得るための戦いを行っている。そして、自由に対して誇りを持っている。だから、抑圧や不自由の象徴であるマスクは着用できない。感覚的なところまで染みている。

マスク着用に抵抗がない理由

日本では、自由に対する戦いがあったとは聞かないし、抑圧の象徴が服になることもなかった。そのため、新たに布を1枚着けることなんて何の抵抗もない。そもそも、抵抗がないために、コロナ前からマスク着用者数は多かった(花粉対策とか、メイクが面倒とか)。

コロナ初期より、マスク着用に抵抗がないため着用し、着用することが習慣となり、全体の慣習となる。マスク着用には抵抗がなくても、慣習を破ることには抵抗があるため、慣習が続く。慣習を破る人には厳しい目線が向けられる。 そのため、国からの着用圧力が緩んできても、慣習なので着用する。改めてなぜ着用するかを問うのではなく、みんなが着用するから着用する、これまでも着用してきたから着用する、というムードがある。

慣習となってしまえば、国のガイドラインくらいでは、すぐには変わらない。コロナの状況とかは関係なく、日本全体として、いつマスク着用をしなくなるかは、もはや誰にもわからない。